イベントレポート【リーダーには「編集力」が必要だ】2016.11.21
先週、渋谷がアツかった。これからの働き方を考えるTokyo Work Design Week2016が7日間にわたり開催されていたのだった。
そこで聞いた話が大変興味深かったので、この記事では「なるほど!」と思った点を中心にトークイベントの様子を紹介します。
私が参加したイベントは【リーダーには「編集力」が必要だ。】
今、編集者として活躍されている3名のゲストが、「編集」という視点から、働き方や社会へのアプローチの方法などについて熱く語り合いました。
イベントは以下の3つの構成で進められました。
・それぞれの考える「編集とは」
・「はたらき方×編集」
・「ソーシャル×編集」
それぞれの考える編集とは
編集という言葉のもつ、本来の意味合いは「情報をデザインする」ことだそうです。けれども、編集という概念は言葉のもつ意味以上に幅が広く、人により捉え方はさまざま。
最初は、自己紹介も兼ねて、それぞれの考える「編集とは?」について話をしていただきました。3名のゲスト全員が「編集とは何かを表すのは、むずかしい・・」と枕詞をつけ唸ったが、どうやら編集者という役割をもつ人でさえ、編集とは容易には捉えがたい概念のようです。
編集とは、暗闇の中の光
編集を「暗闇の中の一時の光だ」とおっしゃったのは、TOKYObeta Ltd.の代表取締役であり、編集者兼ジャーナリストの江口晋太郎さん。(ちなみに今私は江口さんのところでインターンをさせてもらっています)
「メディアが雑誌・新聞・テレビだけのものだった時代から、現代ではSNSの普及により個人のふるまいがメディアとして様々なものを指し示すようになった。そんな変遷の途中である今の時代、混沌としていて、誰もがどこへ向かうべきか、どうあるべきかを迷っているように感じます。
「編集」するためには、全体像を俯瞰して見た上で、何かと何かを繋ぐという、一段高い視座をもつ必要がある。そのような「編集」的な視点・思考をもつことにより、自分の行き先、社会のありようのヒントを得られるのではないかと思う」(江口さん)
誰もが迷い、暗中模索する今、自分・組織・社会のありようの方向性を示すための一つの光として「編集」があるとおっしゃっていました。
編集の役割は、共通言語のない人にもわかるように言葉をつなぐこと
2人目のスピーカーは モリ ジュンヤさん。現在inquireのCEOであり、NPO法人soar、NPO法人マチノコトの理事でもあるといういくつもの顔を持っています。
モリさんいわく、編集とは「科学館にいるコミュニケーター・ファシリテーター」の役割と似ているという。
コミュニケーターとは、専門的な話を、知識のない人に対して、わかりやすく説明する人。科学館や博物館にいるスタッフの人を想像してもらえばわかりやすいかもしれません。ファシリテーターは、話を交通整理して、全員がわかるようにまとめていく役割の人。
これらの役割をまとめると「編集とは、共通言語のない人に言葉をつないでいく翻訳する行為」を指すという。今、橋渡しをするような仕事があちこちで求められてきているとも言っておられました。
編集の世界はレゴブロック
そして最後に、今回のイベントのモデレーターを務める、長谷川賢人さん。長谷川さんは、会社の営業職、ライフハッカーなどの会社での仕事の経験を経て、去年からフリーランスとして、編集・ライティング・講演などの活動をされている。
彼によると、編集はレゴブロックの世界と似ているという。
「レゴの世界では、作り手の自由な発想によって、ブロックを組み替えていける。作り手によっては、家の窓となるはずのブロックも、車の窓になることもある。ひとつのものが捉え方によって、別の意味を帯びてくるんです」(長谷川さん)
編集も同じで、世の中のあらゆるものをブロックのひとつとして見立て、その組み合わせにより何かを作ることだと捉えておられるようです。
「はたらき方×編集」
自己紹介も終わったところで、いよいよ本編に入ります。最初のテーマは「働き方×編集」。編集の仕事を手がける3名から、編集的な目線による働き方についての議論が交わさました。
これからのリーダーに「編集」が必要な理由
リーダーシップと編集は近い場所にある、という考えをお持ちの三人。
文化や流行がどうなっているかを掴み、そして次に何の波が来るかを予測し、言い続けていく。厳密には10年後どうなるかなんて予測はできない。
だけれど、言い続け発信し続けることによって、それに共感する人が生まれ、ムーブメントだったり流行へと繋がっていく。これは、未来の不確実性の高い今の時代に、起業家やリーダーに求められることと通ずるんじゃないか。
プロジェクトからどうフェイドアウトしていくか
これからは1人がカリスマ型のリーダーシップをもって引っ張るのではなく、関わる全員がオーナーシップをもってやっていくことが必要となる。
もちろん、プロジェクトが始まったときには従来型のリーダーシップでチームを引っ張ることになるけれど、そのあとはリーダーがどうフェイドアウトできるか。現場にどう権限移譲するか、グラデーションをどう作っていくかが必要なんじゃないかと思います。
「リーダーがいなくても大丈夫な状況」を作っていくということ。私のインターン先のチームでは、社員さんが一人もいない中で記事が最終編集のレベルまで磨かれる。
その仕組み化に至るまでに、うちの編集長も同じように、現場に権限移譲をするという視点をもってやってきていたのだろうなあ、と編集長の顔を浮かべながら話を聞いていました。
どのようなボールを投げると相手がもっとも受け取りやすいのか
働き方や組織においては、関係性の編集力が大切だと思っています。
時間をかけて対話をしていく中で、相手はどういうボールを投げたらキャッチしてくれるのだろうか、と考えます。ストレートでボールを投げたらいいのか、スローカーブなのか。コミュニケーションにおける相手とのキャッチボールの球の投げ方を変容させていきながら、その人が一番やりやすい形でやっていくことが大切。
相手が誰かによって、受け止められるボールは確かに違うよなあと改めて思いました。
「ソーシャル×編集」
休憩後は、テーマが「ソーシャル×編集」。ここでは主に、まちづくりや地域とメディアの関係についてのお話が中心となりました。
歴史を紐解いていく/解像度をあげる
例えば町だったら、どのような栄枯盛衰があって、どのような変遷があったかを知ること。過去の失敗だったりは、もう住人は繰り返したくないというトラウマ的なものをもっていたりする。
それを知らないままにプロジェクトを展開するのはいけない。これまでどういうプロセスがあったか、そしてその地域の固有性とリソースを把握することから始まるんじゃないかな。
ここの話で印象的だったのは、プロセスを知ることは、チームビルディングや人と関係を結ぶときにも同じように大切だということ。
つい「今」のその人の興味や関心のみに注目してしまうことが多いけれど、実は、相手への理解を深くするには、以前はどういうことをしていて、以前は何に関心があったかのプロセスを知ることが大事だという話があって、うんうん、と激しく頷きました。
「ただのタナカさん」より、「○○をしてきて、▲▲に関心のあって活動してきたタナカさん」のほうが、解像度があがっているとのこと。相手のことを知るときに解像度という言葉を使うのはおもしろいな、と思って聞いていました。
そんな感じで長くなってきたので、そろそろ終わりにしようかなと思います。
おわりに、的なやつ
今回のイベントを通して。
編集的な観点でものごとをとらえていく、というのは普段よりも一段高い視座に立ってみるという言葉が心に残りました。
このあたりはメタ認知だとかNLPとかで言われる話にも似たものがあるな、と感じます。
加えて編集は、一段高い視座からとらえた個々の出来事に意味づけをして、それぞれをつないでいくということなのかな、となんとなく思いました。わかったような、わからなかったような。
これからは、参加したイベントはちゃんと言葉にして残していこう。ゆるゆると力を入れすぎずにやっていきたいなあ。